ベートーヴェン

「本当は聞こえていたベートーヴェンの耳」という本を読んだので,メモ.

この本の主張点は以下のとおり.

  • ベートーヴェン聴覚障害を持ってはいたが,聾ではなかったと思われる(いわゆる難聴).
  • 聴覚障害の内容は,主に空気を伝わって響く人の声は聞き取りづらいが,振動が伝わりやすい音,たとえば自らが弾くピアノの音などは比較的良く聞こえるものだったと思われる.
  • これまでベートーヴェン聴覚障害の内容が「聾」と勘違いされやすかったのは,健常な耳を持つ研究者,伝記作家にとっては非常に区別がつきにくいため.そもそも「聞こえない」というのがどういうことなのかは「聞こえる」人には理解しづらいものがあるためではないか.
  • ベートーヴェンが自ら難聴と気づいたのは,通説の20代後半(ハイリゲンシュタットの遺書の頃)ではなく,10代半ば,ボンに住んでいた頃と思われる.
  • ベートーヴェンの気難しさは,難聴者特有のものと考えられる.難聴者は人の声が良く聞き取りにくいため,頓珍漢な応答をしてしまいがちになる.また話しかけられても気づかないなどの場面がしばしば起こりうる.これらが結果的に「気難しいベートーヴェン」像を作ったのではないか.
  • 有名な資料である,伝記ノートの作者,ヴェーグラーはこれまでベートーヴェンの親友とされてきた.この理由はベートーヴェンの「耳が聞こえない」という告白の手紙を受け取るなどのやりとりがあったため.しかし,「ベートーヴェンは女好き」などと書くなど,悪意も見え隠れするなど疑問点が多い.

著者はこれを,ロールヒェン(ベートーヴェンのボン時代のパトロンのお嬢さん)に対するネガティブキャンペーン的な要素も強いのではないかと考えている.ロールヒェンはベートーヴェンのボン時代,またウィーン時代初期,ベートーヴェンと非常に親しかったが,後にこのヴェーグラーと結婚している.


著者は聴覚障害者であるため,そのため非常に説得力がある内容だった.
ベートーヴェンにおいてよく驚きをもって言われることの一つに,その性格の気難しさと音楽の艶のある美しさの対比である.著者の説はこれに対する解釈として納得がいくもののように思えた.

内容としては非常に面白い本であったが,若干の問題点を挙げると,構成,文章があまりうまくなく,非常に読みづらい.特に「ベートーヴェンは難聴ではあったが,聾ではなかった」に類する記述が繰り返し繰り返し出てくる.
著者の重要な主張点であるため致し方ない面もあるとは思うが,うんざりさせられる面も多かった.

…とかいう不満はあるが,なんともいえない説得力と迫力があるという意味で一読の価値は大いにある.